福島原発事故を2013年初頭の今、検証する。

ネクストモーション ドット オーグ    畝 洋幸


福島原発が2011年3月に爆発、メルトダウンしてから約22ヶ月、結局この事故は何だったのか、
私なりに当時の記録をネット上のデータからピックアップしながら検証、評価していきたいと思います。

 

3月11日から以降、時系列的に事故を振り返ってみると以下のようになります。

 

1.   地震発生、炉内の核反応を最小にするため制御棒が自動的に上昇、反応ほぼ停止。


――> 米国GE社の設計による原子炉は反応を停止するために制御棒を自然の重力に逆らって
     電力で上方向に上げなければならない。
     緊急時にかならずしも電力があるとは限らないので重力に従って制御棒が下がった時に
     停止するよう設計すべきです。
     フェイルセーフの考えが導入されていません。

 

 

2.   原子力発電所に外部から電力を供給するための送電線が地震の揺れで鉄塔倒壊と同時に切れ、
   外部電源喪失。


 ――> 送電線を鉄塔による空中配置でなく地中に配置しておけば外部電力喪失は防げた。

 

 

3.    外部電源が切れれば非常用ディーゼル発電機が自動的に始動、電力を供給するように作られて
   いたが地震発生から50分後に到達した高さ14mの津波により海面から7mの高さに作られた防波堤 
   の直近に設置されたディーゼル燃料タンクが流失、地下にあった非常用ディーゼル発電機が停止
   し非常用電力供給不能に陥る。


 ――> ディーゼル燃料タンクの位置は津波被害を全く想定していない。900年前の資料から
      14m級の津波は発生可能性が想定されており、学者が事故発生前から何度も東京電力
      に忠告しているが経産省、東電は無視している。 

 

 

4.    非常用発電機が停止したので最後の電力供給手段として発電装置を搭載した移動式電源車を
   出動させたが原子炉電源とコンセントが合わず接続不能。ついに電力が完全にゼロとなり電力で
   全てをコントロールしている原子炉が完全に制御不能(全く人間が何もできない状態)に陥る。
 

   同時に原子炉を冷やす冷却水送水不能となり4号機を除く1−3号機がメルトダウン(炉心溶融)を
   起こした。


      ――>  非常用電源車がコンセントが合わないために使い物にならなかったというのは東京電力
           が電源車が必要になる事態が絶対に訪れないと確信していたものと思われる。
           経済産業省原子力保安院もまさかコンセントが合わないということを想定できなかった
           はずで検査時全くノーチェックで「合格」としており監督する公務員側の責任も極めて大
           きい。

 

 

* 以上の一連の流れにプラスして、緊急時対策支援システム(ERSSが事故直後に作動せず原子炉内の温度
  等のデータが全く取れない状態になったがこれは事故前年2010年11月の
ERSS更新工事時に工事で用意し
  ていたケーブルが短く非常用電源に接続できなかったためでした。
  ケーブル良品をすぐに持って行ってつなげばすむことであるが事故が起こるまで約4ヶ月ほったらかしであった。
 

  なおこの緊急時対策支援システム設置のために国は(我々の金から)155億円を拠出しておりERSSが単なる
  データ伝送システムであることを考えれば設置メーカーの請求金額が大き過ぎると思われる。
  このチェックは官僚機構の一つである会計検査院の仕事である。